陸上山県選手の先輩の鈴木門多の疾走

五輪の花形競技の100m走に出場する山県選手の出た【慶應大学】の大先輩でベルリン五輪にも出場した【鈴木門多】の記事を読みました。鈴木門多は【旧制川越中学】の5年生の時にインターハイで100m走と200m走の2種目を制覇しました。慶應大学進学後は<早慶対抗陸上>で新記録を樹立、ドイツでの<欧州陸上選手権>では優勝。<ベルリン五輪>でも準決勝で4着との好成績を収めました。マスコミ界からは昭和15年に開催される予定であった<東京五輪>での大活躍を期待されていました。しかし、日中戦争が拡大して、日本は五輪開催を返上しました。門多は勤務先の日立製作所を辞めて陸軍に志願しました。昭和14年7月10日、帝国陸軍は河南省の黄河流域に陣を張る中国共産党軍の陣地に突撃を開始しました。門多は100m10秒6の俊足で疾風怒涛の先陣を成し遂げました。抜き身の軍刀を振りかざす戦国武将にマルクス教団も腰を抜かしたことでしょう。

-2021年07月25日-