よろこびの声|看護学校受験・准看受験|東京都・埼玉県
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【医歯薬ゼミ】よろこびの声

▼北里大学(獣医)・日本大学(動物) 合格
(自由の森学園卒)
僕が獣医師になろうと決めたのは高校2年の終わり頃でした。それまで毎日勉強をがんばっていたわけでもなく、1年間では合格というか、受験のレベルにも達しませんでした。僕の母校の自由の森学園はユニークな校風とカリキュラムが特徴で、自主性や探究心を養ってくれるすばらしい学校であり、誇りに思っています。しかしながら、獣医や医歯薬系への進学希望者はいませんでしたし、数IIでは対数、数Bではベクトルとか生物IIのような重要な領域を未履修のまま卒業しました。  数学を金澤先生、英語を金澤先生と堀田先生、生物を増田先生に指導してもらいましたが、どの先生も僕の学力のことも性格のこともしっかりと把握してくれたので、学力が飛躍的に向上したのだと思います。この予備校は僕のような学力の状態の生徒向きだと思います。
▼明治薬科大・城西大(薬)・北陸大(薬)・武蔵野大(薬)合格
(県立川越女子高校卒)
現役生のときは1校も受かりませんでしたが、授業中その場で質問ができたので効率よく勉強できて、第一志望校に合格できました。
▼昭和大(薬)・城西大(薬)帝京大(薬)合格
(聖望学園高校3年)
公開模試の判定は、どの大学も毎回EかDでしたので、学校からは学部変更の指導もありました。数学ゼミを馬場先生、数学演習を金澤先生、化学ゼミを松本先生、化学補習を藤田先生から教わりました。本番入試では採点していただいたところ、数学が各校とも90点台が出せたのが勝因だと思います。
▼星薬科大合格
(県立朝霞高校3年)
2年生の2学期から通いました。第1志望校の明治薬科大はだめでしたが、第2志望校に受かりました。指定の時間、曜日以外にも定期試験等に合わせた指導もしていただき、ありがとうございました。
▼帝京大(薬)合格
(福岡大牟田高校卒業)
1浪目は福岡県内の大手予備校に通いました。2浪目は関東の大学にいる叔母(東海大学教授)からこの予備校を紹介されました。 あまりに少人数なので戸惑いましたが、先生方には本当に熱心に指導していただきました。
▼城西大学薬学部合格
(狭山ヶ丘高校3年)
 私は中学生の頃から薬剤師になりたいと考えていました。高校に入ってからは、大学入試は塾には通わずに自分の力でがんばろうと考えていました。  しかし、理系クラスに進学した2年生の最初から、授業が急に難しくなり、進度も速くなって、好きだった数学が苦手科目になってしまいました。なかなか平均点までに届かずに、ついに塾へ通うことにしました。  合格通知を手にしたときは本当にうれしかったです。 私が城西大学薬学部に合格できたのは医歯薬ゼミのおかげです。金澤先生、藤田先生、1年半の間ありがとうございました。 これから6年間しっかり勉強して薬剤師の国家試験に合格して、先生方に報告することが、今後の私の目標です。
▼城西大(薬)合格
(城西高校3年)
兄から紹介されて入塾しました。留年しそうになったら、またお願いします。
▼日本歯科大・日本薬科大合格
(城西高校卒)
現役時代からずっとお世話になりました。 金澤先生、馬場先生、堀田先生、松本先生、そして藤田先生!実は大学生の今も通っています。
▼城西国際大(薬)合格
(県立大宮武蔵野高校)
医歯薬にも理系にも関係ない高校を最悪の成績で卒業しました。この予備校は、浦和で薬局を経営している父親が薬剤師仲間から紹介されました。ゼミの他、毎日個別指導も受けて死ぬほど勉強しました。落ちまくりましたが1校引っかかりました。
▼日本大歯学部・松戸歯学部合格
(岐阜大垣高校卒)
兄が奇跡的に受かったので、この予備校に入学しました。東京を越えて埼玉まで来て、2年間も過ごすなどとは考えてもいませんでした。



【看護科ゼミ】よろこびの声

▼さいたま赤十字看護専門学校 国立西埼玉看護専門学校合格
(市立川越高校3年)
水村先輩のように志望校に合格したくて、この塾に入りました。 12月、1月は各教科2コマで大変でしたが、受かってよかったです。
▼杏林大保健学部合格
(富士見高校3年)
県立大は届きませんでしたが、第2志望校で満足してます。
▼女子医大看護専門学校・さいたま赤十字看護専門学校・NTT看護専門学校合格
(所沢北高校3年)
第1志望校は補欠のままでしたが、他はいい結果でした。
▼東京警察病院看護専門学校合格
(川越総合高校3年)
井上さんに紹介されました。推薦で受かりました。
▼東京慈恵医大看護学科・災害医療センター昭和の森看護・NTT看護専門学校合格
(星野女子高校3年)
全部受かりました。
▼日本医療科学大(作業療法)合格・〇〇大合格
(県立所沢北高校3年)
友達から紹介されて7月から始めました。英語は1回分のボリュームが多くてハードでした。 生物は医学部でも通用するような深い内容でしたが、かえって理解がしやすかったと思います。
▼順天堂大(看護)合格
(県立坂戸高校3年)
友達の工藤さんと通いました。憧れの大学に合格できてうれしいです。
▼東京都立板橋看護専門学校合格
(県立坂戸高校3年)
兄の友人から紹介されて入塾しました。合格してほっとしています。
▼駒澤大医療健康科学部 日本医療科学大放射線合格
(埼玉平成高校卒)
第1志望校に合格できました。文系から理転をして苦しかったのですが、2年間藤田先生に数学と化学をお世話になり、理系的発想、問題への着眼点を丁寧に一つ一つ教わりました。 この塾を紹介してあげた友達が現役で受かり、僕が浪人してしまいカッコ悪かったのですが、これで堂々と会えます。




【看護科ゼミ】よろこびの声(社会人の合格者)

私は知人に勧められて、この予備校に入学しました。医療系の職種の経験がないことが不安でしたが、入学の面談で校長先生が「介護士とか看護助手とかをやって勉強時間を減らしたらむしろ逆効果になります。」と断言されましたので、勉強一本の生活を送ることを決意しました。

いざ勉強を始めてみると英語は単語も構文もすっかり忘れていました。数学はもともと苦手でしたが、算数の割合や文章題が解けないことに愕然としました。でも准看課程の3ヶ月間に歯を食いしばって予習と復習をやり抜きました。この間に算数の問題集を3冊(基礎総合、割合専門、速さ専門)数学の基礎問題集を3冊(中1~中3の教科書ワーク)、英語の基礎問題集3冊(中1~中3の教科書ワーク)、総合問題集1冊、読解1冊、国語5冊(ことば2冊、漢字1冊、読解2冊)をやり抜いて提出しました。高校生や新卒ならこのような勉強は不要かもしれませんが、私には高校卒業から20年間のブランクを埋める絶好の機会だったと思います。

7月から正看の過程に入り、英語は文法が複雑になり、長文が抽象的な内容や医療系の内容になりましたが、何とか乗り切れました。数学は絶対値の場合分け、整数部分と小数部分、軸が文字の時の場合分け、2次不等式の一般解と特殊解、判別式の意味、等10か所くらいが良くわからずに、校長先生に毎回のように質問をしました。他の生徒には迷惑をかけたかもしれません。正看の課程に入ると数学は教科書が1冊と薄手の基本問題集が1冊だけでしたので、ボロボロになるまで繰り返しました。とにかく曖昧なままにしないで、とことんやることを心がけました。英語はテキストやいろいろなプリント教材も全て予習して、国語はテキストの他に問題集をいただき、4~5冊解いてみました。

校長からは「君は一般入試ならどこを受けても全部受かります。」と何度も言われましたが、毎日不安でした。結果としては都立青梅、国立西埼玉中央病院、さいたま市立等合計6校にすべて合格しました。
(平成26年度生 R.Tさん)
私は当初は来年度に入学するつもりでこの予備校に問合わせをしたところ、いろいろお話を伺い今年の受験に変更しました。後期入学では合格の可能性は低くなることは説明されました。私は遅れを取り戻すために人の2倍は勉強しようと考えて、池袋教室と新宿教室の両方のゼミを取りました。さらに、数学の個別指導を週2回受講しました。 また、基礎部分は映像講座授業を視聴しました。

教室が空いている時間帯は自習室として使わせて頂きました。校長の許可を得て土曜日は時々子連れで登校しました。とにかく月曜日から土曜日まで勉強漬けの毎日を送りました。結果は社会人入試が2校ともだめでしたが、一般入試は警察病院、新宿メディカル、都立広尾の3校全部に合格しました。
ゼミクラスも超少人数で先生方に気軽に質問ができるところが私に向いていたようです。
(平成26年度生 M.Hさん)
高校受験を控えた中学3年生の時に体調不良で入院したら悪性リンパ腫であることが判明しました。癌の治療は活字や映像を通じての想像をはるかに超えた壮絶なものでした。気持ちの上で病気に負けてしまう時もありましたが、家族も友人も私の回復を信じて激励を絶やしませんでした。また、この病院では心から信頼できるお医者様と看護師さんに出会えましたので、1年間の闘病生活に勝利できました。

私は、この体験を通して、今度は自分が重病の患者をどこまでも激励してゆく存在になろう、なんとしても看護師になるのだ、と決意するようになりました。入院のための高校に進学できなかったので、1年遅れて通信制の高校に入学しました。親には治療で大変な負担をかけていましたので、予備校の学費は1年間のアルバイトで貯めました。予備校の選択はある大手の看護予備校と最後まで迷いましたが、臨床アカデミーの昼間部に入学しました。中学の学習も修了していないレベルでしたので予習も復習も大変でしたが、南浦和教室の他にも池袋や川越まで押しかけていき、塾長にまとわりつきながら勉強しました。

しかし、受験の結果は癌と同じで冷酷です。努力や願い事などは聞き入れてくれません。なかなか合格にたどり着けないので、二次募集の対策の授業を各先生方から真剣に受けていました。この頃になると嫌いだった英語がだんだん好きになってきて、辞書を引くのも楽しくなりました。英文は文型や文法を踏まえて考えると理解がより正確になることも実感できるようになりました。その様な中、2月の19日の朝に補欠の繰り上げ合格の通知をいただきました。しばらくは信じられませんでしたが、じわじわと嬉しさがこみ上げてきました。入院中も家族や多くの病院のスタッフに支えられましたが、今回の入学試験も最後の最後まで面倒を見てくれた先生方に感謝します。また、私はたまたま癌病棟を生きて出られました。この生かされた命を今度は私が看護師になって小児癌の患者に捧げたいと決意しています。
(平成26年度生 白石 舞さん)
子供もようやく手がかからなくなり、若い頃からの夢であった看護師に40歳を過ぎてから挑戦するようになりました。しかし、がんばったのですが2年連続の不合格となり、もっとしっかりと指導をしていただこうと臨床アカデミーの門を叩きました。覚悟はしていましたが、事務職の会社勤めが終わってから週2日の塾通いは大変に辛いものでした。通勤電車の途上は当然として、旅行へ行くにもテキストを持参するという本当の受験生活でした。

この予備校の准看クラスは高校生の生徒ばかりでなく、20代、30代、そして私のような40代の生徒も同じ教室にいて、仲間として、またいいライバルとして、共に励まし合いながら勉強ができました。国語科の先生は身近な興味深い話題から授業への導入をしてくださったりして、大変に手厚い授業であったと思います。数学科の校長先生の授業はものすごくたくさんの量を大急ぎでやりますので、本当に辛かったです。おまけに「昨年は3ヶ月過ぎた時点で川越クラスは全員合格すると確信したが、今年は皆さんの基礎学力と年齢を考えるとまた胃潰瘍になりそうだ」などと言いますので、焦りました。

しかし、よくよく考えてみますと、小学生の頃に算数でつまずいていた私が、算数と中学の数学をわずか10か月で学習するのですから、そう簡単に理解ができるわけはありません。後期の演習授業では、校長先生は「このクラスでも最後は何とか学校に押し込んであげるから安心して下さい。」などと毎回気休めを言いました。私は自信がありませんでしたが、看護師になるのだ、との決意は人一倍強かったと思います。家族のことや46歳という年齢を考えても、もう今年が最後の年にしようと奮い立ちました。

面接練習は色々な角度から深いところまで掘り下げたものを実施してくださったので、どの学校でも自分の気持ちが面接担当の先生方にストレートに伝わったように思います。結局、川越、比企、鴻巣、桶川のすべての准看に合格できました。ありがとうございました。
(平成26年度生 川上 良子さん)
私がこの予備校に入学を決めた理由のひとつは学費の月謝制でした。ホームページやパフレットなんて都合のいいことは何でも書けるのは30歳を超えた社会人なら誰でもわかることです。1日体験授業とかの予備校もありますが、易しい内容のところをイケ面の講師が楽しく講義しているだけだと思います。とにかく自分でもやっていけるかどうかは実際にやってみないとわかりません。中途で退学しても翌月からの授業料は掛からないという超当たり前の学費条項はありがたかったです。

私は小学生以来中学校時代も高校時代も本当に勉強が大嫌いでした。当時は算数も数学も計算の基礎からわからずに授業中はただ忍耐の2文字あるのみでした。高校時代は赤点と追試の3年間でした。工員として就職が決まったときは、もうこれで勉強しなくていいんだ、という嬉しさでいっぱいでした。そのような者が30過ぎて受験勉強を始めたのです。それも毎日残業という過酷な労働条件の職場に通いながらです。

後期になり塾長からも講師の先生からも、そろそろ退路を断つときではないか、との指導をされました。私は入試がだめなら職場にとどまればいいとの考えで勉強していましたが、『一度しかない人生で悔いを残したくはない。』と胆が決まり、勤続14年間の会社勤めに終止符を打ちました。

10月下旬からは予備校の自習室を利用しながら1日10時間の勉強に挑戦しました。11月からは予備校の数学の指導が週1回から週2回体制に、そして12月からは国語も週2日体制になりました。もちろん、余分な学費はかかりませんでした。学科の指導に加えて、模擬面接も国語・小論文担当の先生と塾長先生が、何回も何回も実施してくださいました。ここではハウツー的な想定問答パタンというよりも、職業観、人生観にもかかわってくる根底的な問題にも触れていただきました。

結果的には第1志望校に合格できました。当然そのことは嬉しいのですが、私はこの年齢になって初めて勉強の楽しさと大切さがわかりました。算数や数学が解けるようになり、漢字や故事成語も覚え、作文や小論文も書けるようになり、合格後はさらに英語も指導していただき、自分に少しですが教養が身についたように思えます。
(平成24年度生 宮前 猛さん)
私は偏差値が40の高校を卒業しました。高校時代は勉強も部活もやらずに学校の欠席日数も多くて、看護学校の面接ではいつもそこのところを聞かれて嫌な思いを何度もしました。高校3年生になって心機一転やりなおそうと決意して、先生方に「看護学校に合格するには何をどこから勉強すればいいんですか?」とお聞きしたところ、<過去問でもいいし、基礎の問題集でもいいから、自分がいいと思うものをとにかくたくさん解きなさい。>と言われたり、<君ねー、一般じゃ無理だよ。推薦にしなさい。>と言われました。私は成績が悪いから推薦入試を諦めたのに、と思いました。もっとも私の学校には看護学校から指定校推薦なんか1校もなかったのでした。

結局、何校か受験しましたが、問題を解く以前の状態、つまり問題文も設問の趣旨もわからない状態でした。浪人となり予備校を母親と一緒に選びました。
ここは臨床アカデミーよりはるかにりっぱな教室で、きちんとした事務職員もいます。講師もたくさんいます。生徒もたくさんいて、私のクラスは40名はいました。臨床アカデミーの10倍です。授業は4月の最初から高校レベルでした。正看受験だから当然ではありますが、中学の基礎ができていない私のような生徒には授業に出席することが苦痛になりました。面接対策の面接の実技練習は有料でした。しかも申し込んでもすぐにやっていただけないときもありました。入学面談のときに、合格率が90パーセント以上と強調していました。しかしながら、最終的には、どこにも受からなかった人、私のように補欠合格にも、1次試験通過も1校もなかった人がクラスの中に何人もいました。

基礎ができている人には過去問やパタン演習が適しているかもしれませんが、私にとっては逆に無駄が多く、効率が悪いように感じられました。臨床アカデミーでは、准看レベルの内容から順々に積み上げてくれました。テキストの予習と復習も徹底的にチェックされました。授業中何回も何回も指名されますので、勉強しないわけにはいきません。家庭用・自習用のワークも各教科何冊も体系的なものを相当量やらされました。もちろん提出の義務があり、提出が遅れると何回も催促されます。みなさんの中には、私のように。予備校なのだから出そうな問題を予想して絞り込めばいいのに、と考えている人が多いと思います。でも、受験を終えてみると、大変だけど基礎から手を抜かずに一歩ずつ勉強した方が、遠回りなようでも自信につながり、結局はむしろ効率がいいことがわかりました。

正直なところ、毎日の予習と復習は辛かったです。ですが、やれば必ず身につきます。先生方に指導されたことはすべてこなしてください。本当にしんどいのですが、あなたの夢は絶対に実現します。そして、しつこくなってください。毎日の勉強でわからないことは、わかるまで、しつこく追究してください。面接入試のときも自分のことをしつこいくらいにアピールしてください。私は一昨年も昨年も1次試験にも1校もかすりもしなかったのですが、今年は第1志望校で補欠合格までいけましたし、合格通知を2校からいただけました。こんな私にもできたのだから皆さんもできるはずです。あなたの夢が叶うことを心より願っています。頑張ってください。

かなり長くなってしまいました。文章も下手なので、何かに掲載するときは手を加えてもらってかまいません。先生方には感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました。
(平成24年度生 佐藤 恵美子さん)
●高校中退、高認の受験資格で不利と思いましたが、大嫌いな数学も少し解けるようになり、正看に2校も合格できました。

●不規則な病院勤務の中、予備校通学は大変なものでした。どんなに疲れていても、眠くても、自分を甘やかさないで勤務の後、休日、さらに仕事のちょっとした合間にも勉強時間を見つけて、毎日コツコツ勉強しました。苦手な英語がだんだんとわかるようになりました。先生方と同じくらい感謝しているのがクラスの仲間たちです。わずか4名のクラスでしたが、楽しく励まし合いながら勉強できたことも厚生年金に合格できたことの勝因だと思います。

●私はクリニックで半日仕事をした後に准看クラスに通学しました。授業は国語総合と一般常識でしたが、塾長による一般常識の予習と復習が大変でした。数学を中心として、英語と理科、社会があり、こんなに勉強するのなら正看クラスに替えようかと思ったほどでした。結局、受験した朝霞准看、下谷准看、鎌田准看の全部に合格できました。

●赤ちゃんを育てながらの勉強は大変でした。自分が看護学校に合格するイメージなんか全然湧きませんでした。でも校長は毎回<このクラスは間違いなく全員が合格する。>と根拠のない激励をしてくれたので、第1志望校の下谷准看に受かりました。事前の祝賀会として受験前に2回も食事会を開催してくれました。
(平成25年度生 4名からのメッセージ※趣旨のみ掲載)
私は今まで何かに夢中になったり、一生懸命に努力することが嫌いでしたので、看護学校の受験勉強もすぐに終わることを期待していました。予備校をどうするかも少しは考えましたが、3月は旅行に行ったり、家でぷらぷらしていました。
ある日、母親が、学費は全部面倒を見るからしっかり勉強してきなさい、と有名看護予備校のパンフを渡してくれました。でも、私は、今は克服しつつありますが、もともとは人がたくさんいる教室のようなところが苦手でした。地元の中学校も1年生までは何とか通えましたが、2年生以降は各学期とも始業式と終業式しかでていません。なんとか入れてもらった単位制高校は中学のクラスメートよりも優しい人が多いので安心でしたが、勉強の必要性が感じられずに、どの教科も最低基準の3分の2の出席で卒業しました。ですから、全校で何百人もいるようなマンモス予備校ではまた不登校になると思いまして、この臨床アカデミーを選びました。

教室とは呼べないような教室には、2人掛けの机が3台ありまして、確かに物理的にも6名までしか受講できない少人数ゼミでした。中1レベルしかなかった英語は50代のベテランの先生が本当に丁寧にかわりやすく指導してくれました。長年高校で指導をしてきたという50代の先生が担当された国語は、もともと読書は好きなのであまり抵抗感はありませんでしたが、小論文はかなり修正をしてもらいました。数学が塾長先生でしたが、4月、5月が中学の復習と言ってましたが、私にとっては連立方程式も一次関数も初めてのことばかりで、お先真っ暗な状態となりました。毎回ものすごい量の宿題を出されて大変でしたが、やらないとこわいのでがんばりました。授業は2時間のところ毎回2時間半やり、そのあといつも30分間残されて個別に指導をしてくれました。

私は時々川越の教室の補習にも顔をだしました。いつもはこわい塾長先生なのですが、ここでは、時々生徒にお菓子を配りながらコーヒーや紅茶を勧めてくれて、先生との雑談もできました。秋になって社会人入試の時期になりましたが、先生方からは、君は受験はやめなさい、といわれましたが、早く決めたかったので、公立も私立も手当たり次第に受験しました。でも、ことごとく不合格で、本当にショックを受けました。ここから勉強に本腰をいれるようになりました。自分から英語のテキストの読み直しと英単語の暗記、数学のテストの総復習も始めました。

とにかく、どこの学校でもいいから1校受かりたい、全国どこでも入りやすい学校があれば受けに行くつもりでした。結果的には、第1志望校、第2志望校の地元の公立看護学校に2校と医大付属の看護学校に合格できました。
わずか23年間の人生しか歩んではいませんが、初めて本気になって努力をして、そして、目標に到達する喜びを味わわせていただいたことに感謝いたします。
(平成23年度生 畑中 真里奈さん)
本当にありがとうございました。この予備校には感謝の気持ちでいっぱいです。九州から単身上京したので不安もありましたが、看護師になりたい気持ちは大きくて、その夢の一歩に入れたのも先生方のおかげです。
看護助手の仕事の合間に通学しましたが、始めのうちは中学校の内容はおろか小学校のレベルも理解できませんでした。塾長は勉強をさぼったりすると本当に厳しくて、よく怒られました。

11月から入試が始まりましたが、思うような結果が出ずに悔しい思いもたくさんしました。周囲の生徒がだんだんと決まってきて、自分だけ取り残されたような焦る気持ちと、こんなにやっているのだから大丈夫だという気持ちが交錯していました。そんな中で先生が<諦めなければ夢は叶う>、<最後まで面倒は見る、2次募集、3次募集の3月までやろう>とおっしゃってくださいました。でも、2次募集が簡単ではないのはわかっていましたので、あと1校受けてだめなら九州に戻る決意をしていました。

あの日は他には誰も生徒がいない2月の連休前でしたね。最後の受験に向けて先生から猛特訓を受けていた時に、学校から合格の連絡をいただいて、細かい指示を受けている最中に、涙があふれてきて言葉が詰まってしまいました。電話を切った後、今後は嬉しさが爆発して、先生に抱きついてしまいました。

あの日の悦びは生涯忘れないでしょう。また、今後もいろいろな困難なことがあるでしょうが、それを乗り越えて絶対に看護師になるんだ、という自信が湧いてきました。とにかく私は臨床アカデミーが大好きです。先生、これからもお体に気をつけてがんばってください。学校も近いので、また遊びにいきます。ありがとうございました。
(平成24年度生 工藤 絵里さん)
僕がこの予備校に興味を持ったのは、1クラス4名とか5名という少人数制と学費が有名予備校よりも安い設定だったからです。しかし期待して行ってみると、教室は狭いし、受付に事務のおねえさんがいませんでした。
本当は不安になりましたが、学費が月謝制であり、途中でやめても違約金等がないとのことでしたので、親に頼れない僕としては、失礼な言い方ですが、ここしかなかったので入学したのが実情です。しかし、始まってみると8畳くらいの教室に生徒はいつも3~4名くらいでしたから、むしろゆったりとしていました。

この予備校の特徴は、塾長先生が、社会人の指導をするのに、むかしの中学校や高校と同じように有無を言わせずに生徒に予習と復習を強いることだと思います。僕は最初のうちは、いい加減な予習だったので、何回か本気でおこられました。僕は、ガミガミ言われるには慣れていましたので平気なのですが、あまりに厳しいと他の生徒がいなくなって、僕ひとりになったら個別指導の料金に値上げされるのではないかということだけが心配でした。後期からは、正規の授業の他に補習指導を始めてくれました。こちらから頼んだのではないので当然ですが、学費の追加請求はありませんでした。

僕は高校時代に理系クラスにいたので、数学が割と好きだったので、昨年の自己流の勉強でも、都立看護の入試では数学は65点が取れました。しかし、国語が50点、苦手で嫌いな英語はわずか35点で、合計150点でした。だから、この予備校では国語と英語を指導してもらいました。国語も英語も前期20回、後期20回の授業を全部でました。受験校は都立1本だけでしたが、結果は、数学が65点、国語が70点、そして英語も70点で、合計205点でなんとか滑りこんだようです。
(平成22年度生 高畑 晋さん)
8ヶ月間短い間でしたが、今まで大変お世話になりました。病院の事務職の正規社員の私が、先生方のおかげで准看護学校に合格することができました。熱心な優しいご指導がなければ、今こうして喜べていたかわかりません。臨床アカデミーで先生方や教室の仲間たちと出会えて、入塾して本当に良かったです。
これからも教えていただいたことを忘れずに、つらい苦しい時はこの塾のことを思いだして、勇気を持って立派な看護師になれるように頑張ります。塾長先生、これからも真面目で紳士的な先生でいてください。
本当にありがとうございました。お忙しいとは思いますが、どうかお身体に気をつけてお大事にしてください。
(平成24年度生 安田 美貴さん)
▼都立板橋看護専門学校合格
(法政大学卒)
完全な文系人間で数学と理科が全くだめでしたので、教科書レベルの基礎から指導してもらい、何とか受かりました。
▼都立板橋看護専門学校合格
(都立光丘高校卒)
夜勤のある介護福祉士の正職員として働きながら、4月より週4日この予備校に通学しました。自宅も職場も都内にあり大変なときもありましたが、振替等で便宜を 図ってくださり、助かりました。社会人入試は度胸試しのつもりでしたが、小論文は 4月から練習していましたし、志望動機書や面接の練習は何度でも実施してください ました。大手の有名な予備校を見学してすぐに入学しなくてよかったと思います。
▼埼玉県立高等看護学院合格
(跡見学園女子大卒)
OLには未来がないと思いナースへの転職を考えました。 英語は学生時代から得意だったのですが、数学は苦労しました。第1志望の独協医大看護専門学校は2次の面接で失敗しました。
▼毛呂病院看護専門学校合格
(埼玉女子短大卒)
池袋の不動産会社で正社員として朝9時から夜6時まで勤務して、夕食もとらずに週4日塾へかけつけました。社会人入試は2校とも失敗しましたが、一般入試で第1志望の地元の看護学校へ合格しました。開講前の3月から閉講後の2月まで本当に長い間お世話になりました。仕事と勉強は何とか両立できたと思います。
▼埼玉医科短大看護科合格
(日本女子大卒)
大学を卒業してそのまま塾に入りました。数学が不安でしたので、基本から指導していてだきました。
▼埼玉医科短大理学療法科合格
(法政大学卒)
この塾は友達が高校時代(川越女子高校)に通っていたので知っていましたが、勉強からは何年も離れていたので、ペースメーカーとして利用しました。
▼埼玉県立高等看護学院・報徳看護専門学校合格
(高卒認定)
在宅介護の仕事をしながらで大変でした。社会人入試はだめでしたが、一般入試で奇跡的に合格しました。県立は自信がなく、入試科目を変更して、もっとやさしい学校に志望を変えようとしたのですが、塾長先生から、何度も怒られ、また、君は英語の筋がいいから受かると、いいかげんなことを言われましたが、結局受かりました。 迷いもありましたが、最後までついていって良かったと思ってます。
▼上尾中央看護専門学校・ 坂戸鶴ヶ島看護専門学校合格
(駿河台大卒)
私は信用組合に勤務していましたが、医療職への転職を考えて、 いろいろな予備校を検討してから、ここに決めました。塾長先生には 志望動機書の添削や面接練習を何度も何度もやっていただき、本当に感謝していま す。国試に受かったときにご報告に参ります。
▼上尾看護専門学校合格
(県立秩父農工卒)
私は老人施設で介護福祉士の正職員として勤務していましたが、職務上の限界を感じて、看護師の免許の取得を決意しました。夜勤もあるローテーションの仕事の合間に週3回の予備校への通学は大変でしたが、塾長先生がいろいろと便宜を図ってくださり、なんとか勉強できました。介護の心のある看護師、看護の技術のある介護士を目指してがんばります。
▼埼玉県立高等看護学院合格
(今治明徳短大卒)
短大を卒業後、病院に看護助手として勤務していましたが、どうしても正規の資格をとりたくなって受験を決意しました。社会人入試で決めようと思って、小論文、提出書類、面接を重点的に指導していただきました。
▼都立北多摩看護専門学校・立川看護専門学校合格
(比企郡吉見町在)
赤ちゃんの世話もあり、途中受験を断念しようと考えたこともありましたが、4月からの勉強の成果で一般入試で合格できました。主人も喜んでくれました。


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